大阪生まれの大阪育ち。

でも両親が九州の人間なので、家庭内は関西ではなく九州の文化が色濃く出ている中で育ったため生粋の大阪人らしさは無く(家にタコヤキ焼き器も無かった!)、使用言語も関西弁と宮崎弁と標準語のMIXという曖昧さ。。。

夏休み等の大型連休は兄と二人、飛行機で宮崎に渡って祖父母と暮らし、小さな休みは父と釣りやキャンプをして海で過ごしていたかなりのアウトドア好き

 

大工の父に憧れて自分も大工になるんだ!と思ってよく現場見学に連れて行ってもらっていたが中学2年の頃、大工になるといったら父に猛反対され、その後話し合いを重ねた結果、今はまだ大工は女性が入ってこれる世界ではないと説得され挫折。

進路を考え直した結果、モノ作りが好きな思いは一緒だからと西野田工業高等学校工業デザイン科へ入学。

絵を描くのが好きな人間集団の中で工作好きの私は随分異色ではあったが先生やメンバーに恵まれ楽しい高校時代を過ごす。

同時にアルバイトを始めた私は働く楽しさにも目覚め、どうせならアルバイトのうちに色々な職業を経験したいと思い、かけもちしながらかなりアグレッシブに異業種アルバイトを就業する。

たくさんの人と知り合い、様々な年齢の色んな立場の人と話をする中で大学へ行く理由を自分の中に見出せなかった私は就職へと進路を決める。

今まで行なってきたアルバイトを振り返りながら自分の職業特性を見直したときに接客が好きなことと、変化のある職業が好きだということ、いつかやりたいことが決まったら自営業をしてみたいという野望があることを自覚。

 

この仕事で食っていくんだ!という明確な目標が見えない今の状態で何を仕事にすべきかと考えたとき、営業が出来ればこの先どんな職業を選んだとしても活かすことが出来ると考え営業職を選択することに。

求人情報雑誌で見た歩合率の高さに心を惹かれ、BtoCの新規開拓飛び込み営業(物販)の会社へ就職する。

その後、更なるスキルアップを目指しBtoBの新規飛び込み営業(物販)の会社へ転職。

様々な商材を扱わせて頂く中でモノではなくサービスを扱う営業はどんなものかと興味を抱き広告代理店へ営業マンとして転職。

 

結婚後も仕事を続けていたが、子供の頃から連れ添った愛犬が高齢と病気のため介護が必要となったので会社を退職し専業主婦となる。

愛犬を看病しながら自分の今後の人生をどうしていくかについて考えている中で、今仕事をしていないこの時だから出来ることをしようと思い、職業や資格について調べている中で行政書士という職業にいきつく。

行政書士ならば今までの経験を全て活かせる。家庭との両立も、自営業をやるという目標も叶えられる。一生をかけてもやりがいのある変化に富んだ職業だ!と、ようやく自分の道を定めることに成功する。

愛犬がこの世を去った後、しばらく喪に服していたがこの喪失感を力に変えようと思い行政書士試験の受験勉強を開始。

余計な時間があると悲しみに囚われてしまうので何も考えられなくなるまで毎日勉強した結果、8ヶ月という期間で行政書士試験に一発合格してしまう。

その後も様々な人にお力添えを頂きながら2014年7月に無事、德留行政書士事務所開業する。